やっとの思いで就職できた会社だったから
リーマンショックと3.11ショックの影響で当時勤めていた会社が倒産してしまい、再就職先を見つけるまでの間はバイト感覚で大学病院の仕事を転々としていました。
ようやく希望する条件の揃った会社から内定が貰え、人生の再スタートを切ろうとしていました。
お祈りメールだらけの毎日と2度と正社員に戻れないんじゃないかと焦りを感じる中で、このときはうっきうき↑↑状態で心底嬉しかったのは確かでしたが、その後まさか闇落ちしていくとは思いもしませんでした。
残業代が満額出たため
当時の私は今まで目指していた研究職を正社員としてよい給料で働けるという条件にうっきうきだったこともあり、今思えば何時間残業しても残業代が満額支給されることにおかしいと感じるどころか、サービス残業にならないことに喜んでいました。
恐らくサビ残で働かされていたらすぐに逃げ出したはずでしたが、割増しでもらえる残業代のとりこになってしまっていました。
このため多少の無理も気にせずに押し切ってしまったことがどっぷりと沼にはまりつつあるという認識を阻害されてしまっていたのかもしれませんでした。
会社で働いて稼ぐ以外の方法を知らなかったため
当時は給与所得以外の事業所得、配当利子所得、不動産所得なんて言葉も存在も全く知るはずがありませんでした。
良い会社に入社し出世して稼ぐ、私が知っていた稼ぎ方はこれだけでした。
少なくとも大学時代に副業や投資と言った話題をした記憶がありません。
当時はリーマンショックによる一層の経済の冷え込むどうしようもない中で就職活動をしなければならず、とにかく就活対策で手一杯な日々を過ごしていました。
転職活動をする時間も気力も無かったため
入社当時はあまり気にすることの無かった残業でしたが、毎日の残業に加え土日祝日も関係なく出社し続けたことで体が悲鳴を上げ始めて小さな体調不良が目立つようになっていきました。
このときでさえ、会社を辞めるという選択肢は考えておらず、リストラなどされて再び路頭に迷う地獄に落とされるよりましだとすら本気で考えていました。
つかの間の休日も特に何をする訳でもなく、ただ体を休めることに集中するためひたすら眠り続けるだけの日々であり、転職活動なんて考えもしませんでした。
まとめ
魅力的な条件に釣られた結果、自分の心身を削りながら働いていることに気付かず、兼業の打開を実行できる状態ではありませんでした。
コロナ禍の混乱により張り続けていた緊張が切れてしまい考え無しで退職を決断するほど追いつめられていたことを思うと、自分で自分の制御できていなかったことが恐ろしく感じています。
もしあなたが同じような状況にある場合、あなたの心身はすでに壊れていると考えられますので冷静な判断力を取り戻すためにも一度休んでみてください。
今後どうするかを考えるのはその後でも遅くはありません。
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